媚薬を混入するお客さんの話
「この人はお酒に媚薬を入れて飲まそうとしてくるからね」
当時の店長はまあまあ無茶ぶりをしてくる人だった。
普通そんな事わかってるお客は出禁にするだろう。
実際そのお客さんはグループほぼ全店出禁になっていた。
(彼にそれは通知されていないが、私の所属する店舗でしか女の子が呼べないので薄々感づいていたのかもしれない)
「えっ、あぶないじゃないですか」
「大丈夫、飲まなくて良いし、飲んだふりして気持ちよくなったふりしてあげたら喜ぶよ」
本当に大丈夫か〜?なんて思いながらも赤坂のホテルに向かった。
日々変態達と遭遇するせいで危機感が薄れていたんだと思う。
お客はホテルの一室でバスローブ、ワインを準備して待っていた。
「よく来たね、まずはゆっくりお酒でも飲みながらお話ししよう」
目の前のワインはコルクが締まっているけど、中に媚薬が入っているのだろうか……そう思いつつ雑談を始めた数分後……
彼は立ち上がっておもむろにワインの瓶をもって風呂場に消えた。
シャワー室が綺麗だとか何か喋っているが……
あからさますぎる。
何か他にやり方はあっただろうと問いつめたくなる。
風呂場から帰って来たとき、ワインのコルクはすっかり空いていて、
彼は満足げにそれを私のグラスに注いだ。
誰も飲むわけないだろ!
ここで一切飲まないで帰っても良かったが、なんだか彼は子供みたいにわくわくした顔になってワインを勧めてくるし、もうちょっと付き合ってあげようかな…と口を付けて飲むふりをした。お酒が弱くて…と言ってお水も貰った。水を風呂場に持っていくのは阻止した。危ない危ない。
雑談再会。
私はほぼ一口しかワインに口を付けていないから、彼がどんどんお酒を勧めてくる。適当にかわしながら水を飲む。たいした事無い健康食品の類いだったとしても得体の知れない物を飲むのは当たり前に嫌だ。
そろそろかな。プレイ時間も半分くらいになって来たのでそろそろ媚薬が効いて来た感じを出してみよう。そう思った。
「なんか今日は身体が熱いかも……」
今思い返すとなんてつまらない台詞なんだろうと思う。もうひとひねりできただろう。
しかし彼は大喜びだった。
「ほんと?どんな感じ?」「気持ちよくなって来ちゃったのかな?」
そりゃもう小学生レベルに楽しそうだった。
小学校の時に買ってた「科学と学習」の実験キットで実験してるときの子供みたいな。
少し触るだけで過剰に大きい声をあげてみたり、淫語を言ってみたり。
なんか今日はいつもと違うー!と大騒ぎした。
彼はもう大興奮だった。媚薬がキマっているのは彼なのでは?
そういえば彼は媚薬入りのワイン、飲んでたっけ。覚えていない。
調子に乗ったのかそのまま本番しようとしたけどそれはもちろんスルーした。
大いに盛り上がってその日は解散となった。
彼は最後まで、媚薬を混入した事を口にしなかった。
これがもっと危ない薬だったら大変な事になっていたのだろうけれど、店長の注意があるから誰もお酒を口にしないそうだ。
リピート指名はしないタイプの常連さんだった。
みんな彼の所に派遣されると「媚薬で淫乱になった」演技をする。
なんだか滑稽だけど、あの嬉しそうな顔はどうにも愛らしいなと思えてしまう私がいる。
同じような話で「催眠術にかけるおじさん」もいるのだけどその話はまた今度。
【おわり】