殺人事件の容疑者を接客した話②
「最近引っ越したから、しばらく東京には来れないんだ」
無口で大人しい人だったけれど、事後にそんな話をしたのを覚えている。
プレイの相性が良かったから残念だな、と思った。
彼のオーダーは通常コース+電マ+イチジク浣腸。
でも結局電マもイチジク浣腸も使うことはなかった。ちょっと変わったプレイをオーダーしてみたけど実際そんなに興味は無かった、という雰囲気だった。彼はソフトタッチが絶妙に上手い上に彼自身の反応もよく私も本気になってしまい、時間中会話もそこそこにずっとお互い上に下になりながら触り合っていただけだった。きっと触覚が敏感で、感じる力の強さが似ていたのだ。無口な人やコミニュケーションが得意でない人には感覚が敏感な人が多い…気がする。(勝手な統計だけど。)
私もお喋りは好きだけど根本的にはコミュニケーションが苦手で、触れ合う事の方が好きだ。もしかしたら、彼もそうだったのだろうか。
連絡先は聞かなかった。もう東京には来ないよ、と言っていたから。
刑事さんにもこの通り話した。話し終わった後しきりに「彼に変態性癖があったかを知りたい」と言っていたけれど、私には彼が特別に変態であるようには思えなかったし、そう証言した。イチジクも電マも使わなかったと聞いて刑事さんは少しがっかりしているようにも見えた。むしろ「敏感でした」「上手かったです」とか私が言うものだから少し面食らっていたようにも見えた。「上手かった…というのは具体的に?」「触り方が絶妙で感じました」なんて冗談みたいな会話を一生懸命メモさせて申し訳なかったかもしれない。でも想像していた猟奇的な変態像と彼はそれくらいかけ離れていたのだ。
私が接客した時は殺人を犯してから2週間くらいだったらしい。
動機は『LINEを聞きたかった』と供述していたそうだ。ストーカーした女の子を殺してすぐ逃げるように引っ越して2週間。彼は何をしに東京に戻って来たのだろうか。
投げやりな気持ちで風俗に来たのだろうか。他の人たちと同じように、人肌恋しかったのだろうか。(ただの引っ越しの手続きのついでかもしれないけれど。)たまたま私が選ばれただけ、だったとしても、そこに何か物語めいたエピソードがあったら…なんて期待してしてしまうのはただの私の野次馬根性だろう。
この話を刑事さんとした後最初に思ったのは、もっと彼と話をしたかったなということだ。90分(だったと思う)、丸々お互い貪っていただけで碌に会話もしなかった。この仕事も忘れるくらいの濃密な時間を、彼は忘れてしまっても私はきっと忘れないだろうな、と思う。
殺人事件の容疑者を接客した話、でした。
【おわり】